サンキャッチャー専門店・通販サイト【LamRim】サンキャッチャースワロフスキー/クリスタル/スタンド付き/オーダー

\ 2013 \ 8月


6年ぶりに台風が福岡に直撃!!


前日から凄い大雨。
土曜日の仕事はキャンセルして自宅待機です。

心配。

でも、おかげで久しぶりにゆっくり眠れる~ (´ー`)





爆睡して目覚めると、すでに夕方6時。
台風は午前3時に温帯低気圧になっていました。  
・・・あらぁ(^ー^;

1

連日残業続きの夫も今日はお休みです。

料理好きな彼はバナナケーキを焼いてくれていました♪

2

食後のお茶の後はまたしても睡魔が・・・・・。

今日は私達二人にとって
とても良い休息になりました(*’‐’*)



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8/12に続いて28日のHPのハッキングは本当に驚きました。

調べたらすでにネットでも大騒ぎになっていて。

ロリポップ・レンタルサーバーで「WordPress」を
インストールしている一部のサイトに
大規模攻撃!ってヾ(>y<;)ノ

突然全ての文章が文字化け。
表示はめちゃめちゃでおまけに堂々とHacked by 〇〇 と
犯行声明まで残されてる。  



私のパソコンがウィルスに感染しているわけではないのです。
WordPressが乗っ取られて、あちこち改ざんされたのでは? とか。

うーん。
どっちにしてもちんぷんかんぷん・・・・Y(>_<、)Y

ただいま万が一に備えて、
プログラマーさんが対策を考えてくださっています。

またHPが見られなくなったら
エキサイトブログをチェックしてくださいね☆




さて。

昨日は10月の展示会の打ち合わせという名の食事会でしたヽ(^。^)丿

食事会


前回に引き続き参加してくださるフェルト作家の吉本登志恵さんと
陶芸家の阿久根幸代さん。

会場を提供してくださる家具デザイナーの稲垣巌さんと
カメラマン件ピアニストの武藤さん。


みんなでワイワイご飯食べるの久しぶりだし
嬉しいな~♪♪

作品

サンキャッチャーショップ・LamRimの展示会は
10/10(木)~14(月)に開催です。

今回のメインゲストは、福岡にある5つの福祉施設の皆様。

アトリエブラヴォさん、ひまわりパーク六本松さん、
MUKAさん、ももち福祉プラザさん、志摩学園さん。

それぞれの施設で制作されているアート作品やお菓子の販売を致します。

同時に、東北復興支援として
被災者の方が編まれたエコたわし「編んだもんだら」も販売☆

テーマは 『 気がついたらボランティア 』


義務や奉仕ではなく
心から素敵だな、欲しいなと思う作品を手にすることが
いつのまにかボランティアになってた!!

という感じ。


なので、デザイン性が高く品質の良いものを
厳選して販売させていただこうと思っています。

作品のご紹介はブログ上で随時行いますね。

皆さん、どうぞお楽しみに♪ (*’▽’)



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サンキャッチャーショップ・LamRimのエキサイトブログを
お気に入りに登録しておいてください!!
よろしくお願い致します!!!
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HPがハッキングされました。
WORDPRESSが集中的に攻撃されているようです。

HPが今後見られない可能性がありますので
エキサイトブログをチェックしていただけたらと思います。

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武藤さんからお誕生日に頂いた美味しいプレゼントは
京都のぶぶ漬けセット。

箱がまた上等で(^.^)

捨てるのが勿体無いので、両親の保険の資料入れにしていたところ・・・

3A

杏さんが シュタタタタタタタ・・・・・

4A

この箱、あたしのーーー!!!

高らかに宣言されてしまいましたヾ(´▽`;)ゝ

5A

書類の上で寛ぐので、
諦めて彼女に差し上げることにしたのです。

古タオルを敷いてあげたらもう大喜び♪♪

6A

大きさもジャストだし、
いい感じでカドに頭を乗せられるようでとても嬉しそう。

7A

実は、
小鉄も興味津々なんですが
杏に遠慮して決して中には入りません(^_^;

我が家の掟は

小鉄のものは杏のもの。

杏のものは杏だけのもの。

杏が強いのか小鉄が大人なのか・・・・・どっちかな? (゜▼゜*)



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いろんな方からご心配を頂いてすみません。

有難うございます。 
全然大丈夫でーす(*’‐’*)

ただ、心身ともに猛烈に疲れました。

本当はまだまだ書きたいことがあるけど
収拾がつかなくなるので
ひとまず終わらせることにしました。

次の課題は人間不信をどう克服するか? です。

それから愛について。

 『 愛 』 ってなに~????

実感としてよくわからないのです。

この2週間結構忙しくしていました。

両親の要介護認定の申請をするために区役所に行ったり病院に連れて行ったり。

それから保険の見直しも。

当然のことながら
二人とも全く把握していなくて。
というか、いくつ入ってるかさえわかってない。

その結果、必要のない保険の支払いが
じゃんじゃん引き落とされてたりして(ρ_;)ヒー

重複しているものを解約したり
過去にさかのぼって医療費を請求したり。

それなのに
76歳の父の保険は80歳で保障が切れるものばかりで
この先どうしたらいいの!? と頭を悩ませています(^_^;

父の親友だった方のお通夜にも参列してきました。

クーラーが嫌いで夏は暑いのが当たり前!と
言っていた Iさん。

就寝中に熱中症で亡くなったのです。

ご家族が発見した時、室温は38度だったそう。

今年の夏は本当に異常でしたね。。。。。

それから、雷山にも遊びに行ったし映画も観たし。

10/10(木)~14(月)の
サンキャッチャーショップ・LamRimの展示会の準備も着々と進んでいます。

ただいまフライヤー制作と写真展用サンキャッチャーの撮影中♪

そろそろ展示会の内容についてもお知らせしていきますね(‘ー ‘ *)



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過去の出来事を書き連ねて最終的に気がついたのは、
私が想像以上に親を愛しているという
驚くべき事実でした。

私の怒りや悲しみの根源は

『 なぜ普通の親みたいに愛してくれないんだ!! 』

ということだったのです。
いやー。 今まで全然自覚してなかったY(>_<、)Y

しかも。
母のことを 『 精神疾患で言動がおかしい 』と
言っているくせに

一般的な愛情表現を求め続けていたというマヌケさ  Σ(ノ°▽°)ノ

それって、
猫に人の言葉を話せというくらい無茶な話なのにねぇ。

今月は過去を振り返りっぱなしで
すっごく苦しかったですが、
沢山の気づきがあり、問題も解決し結果的には万々歳でしたヽ(^。^)丿

ブログを読んでくださっている方で
どん引きしたり理解できなくてとまどった方も大勢いたかもしれません。

また、

これぐらいの事でトラウマなんて言うな。
世間にはもっと辛い経験をしてる人がいるんだぞと
憤りを感じた方もいたかも。

嫌な気持ちになった人がいたらごめんなさい。

でも、お蔭様で私はすごく楽になったのーーーーーーーー。

あはははははははは。

こうやって
思いのたけをぶちまけることは
自分にとって必要な作業だったのだと思います。

さて。


気分も新たに

明日も母を連れて精神科へ行って来ま~す(=^_^=)




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介護問題や実家の処分などで両親と接する機会が増え、
昔と変わらぬ二人の言動に触れるうち
ついつい過去のトラウマが噴出してしまいました。

ずっと胸の奥にしまい込んでいた子供の頃の記憶や感情が
次々と溢れだしてきて
吐き気がとまらなくなってしまって。

『 これはもう出すしかない! 』 と、思いきって書きました。

もちろん全てを表現しきれたわけではありませんが
かなりスッキリして心が軽くなりました。

6~7年前まで、
母と同じ部屋にいるだけで吐いたり、
母が触れたものは消毒しないとゾッとするというくらい
拒絶反応がきつかったのです。

本気で、いつか殺してやると思っていたこともあります。

でも、この10日間延々と書き連ねてきて
『 過去は過去 』と自分の中で整理ができていることを知りました。

なぜか以前のように
憎いとか許せないという激しい感情が起こらないのです。

あれだけ憎悪や嫌悪の中でのたうちまわって苦しんだのに
本当に不思議なことです。

あの時はショックだったなとか、辛かったなという思いを
淡々と受け止めている。

それを知ることができたのはかなりの収穫でした。

ただ、
悲しいという気持ちは残っているし、感じることは今でも多々あります。

何十年も 

『 どうして私は生まれた時から母に憎まれてるんだろう? 』
『 私のどこがいけないんだろう? 』 と悩んできました。

つい最近夫にその事を問いかけたところ、
あっさり

『 嫉妬でしょ 』  という言葉が返ってきて。

その瞬間にやっと気がついたのです。

それは、
私が我が家の跡取りとして生まれたということ。

21歳で嫁いできた母を、

『 自意識過剰で精神不安定の変な嫁がきた。 困ったな。』

くらいに受け止め
それまでの様に誉めそやす人など誰もいませんでした。

私は7代目の跡取り息子に生まれた待望の第一子ということで
みんなの注目を一心に集めていて。

祖父母の家にいた頃、
親戚中が私のご機嫌をとろうとし

『 将来、なんかあったらよろしくね 』 と、

大人達がことあるごとに言ってくるのが不思議でなりませんでした。

特別な存在であり最も尊重されるべき自分が軽く扱われ
別の人間が目の前でチヤホヤされている。

そんな状況が続く中、
母の心の中で私が憎しみの対象になったのは当然のことでした。

しかも私を身籠ったばっかりに
離婚できなかったという強い怒りもあったはず。

・・・・なんだか想像しただけで背筋が凍りつきそうです。

なんで、そんな簡単なことに気がつかなかったんだろう!?

それって
転校生に人気者の座を奪われ、イジメに走る小学生レベルやん。

本当に馬鹿馬鹿しいというか。

そんなつまらないことで嫌がらせをされていたのかと思うと
怒る気も失せる。
むしろ憐れとしか思えません。

『 アンタなんか誰からも愛されないんだからね 』

そうやって私をいたぶることが、母にとっての鬱憤晴らしだったのですね。

マジでくだらん。


ばっかみたい。

なーんだ。

じゃあ、あんまり深く悩む必要なかったんじゃね?

というのが、最近至った結論なのです。

私に原因があったわけじゃない

全ては母の未熟さと病気のせいだった

虐められる理由がわかったら、すっと心が解放されたというか。

今までの辛さが嘘みたいに本当に楽になったのです。

ホッとしたら、少しだけ涙が出ました。

あぁ、もう。
ここに辿り着くまで長かったーーーーーーーーーーーーー((((T-T*))))



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母の狂気に美を感じる父。

母の思考回路はある程度わかるようになってきましたが
父についてはちっとも理解できないままなのです。

なぜそのような嗜好に育ったんだろう?

それとも、もともとの資質なのだろうか?

私が恐怖やおぞましさを覚えるところに美を見出すなんて。

さーーーーーーーっぱり、わかんないっY(>_<、)Y

父にとって子供の存在はとるに足らないもの。

母こそ全て。
そして母は自分しか愛せない。

父がお酒を飲んで暴力を振るう原因のひとつに
母に自分の愛を受け入れてもらえないストレスというものがありました。

父は口下手だし、母は読解力が欠如していて。

会話が不幸なほど噛みあわないのです。

父の言うことが母には理解できず、
勝手な解釈で怒り狂うことが多かったので
私は間に入り通訳の仕事もこなしていました。

父の愛情表現は一風変わっていて、母を怒らせることばかり。

そして母は夫婦間では最大のタブーである
相手の親や姉弟の悪口をひっきりなしに口にしていて。
あまりにも口汚く罵るので、そばで見ていてゾッとするほどでした。

なので、殴られるのは全く自業自得だったのです。

あれだけべろべろに酔っぱらっているのに
殺さない程度に加減して殴れるって、愛って凄いな~♪
私は変なところに感心していました。

父がその気になれば、母なんて簡単に殺せたはずだからです。

所詮甘やかされて育った坊ちゃんと嬢ちゃんの結婚。

どちらも 『 誰かがやってくれる 』
『 周りが察して動いてくれる 』 と思っていて。

自ら動くということを一切しないのです。
何もかも人任せで面倒なことはお金で解決というのが信条でした。

さらに、
お金を十分に与えていれば子供はグレないと言い切る父。

高校に入るとクレジットカードを渡され、
デパートで効果のある『 外商 』という魔法の言葉も教えてくれました。

お金を貰えるのは確かに嬉しいけれど。

でも。
愛情を与えるのが面倒なので
お金でごまかしているんだと思わずにはいられませんでした。

父のお金を散財する = そのことを容認にしている ような気がして
モヤモヤは溜まる一方。

『 馬鹿にしやがって 』  という気持ちがどうしても拭いきれませんでした。

そんなことよりも、
母が病気であることを認識し
私達子供を守るという選択をして欲しかった。

父にまともな判断力があれば、どんなに救われたことでしょう。


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結婚して半世紀近くたった今でも
酔った父は母のことをウットリと語るのです。

『 お母さんは本当に綺麗 』
『 天女のようだ 』
『 後光が射して見える時がある 』 などなど・・・・。

そして私にも同意を求めてきます。

正直に 『 そんな風に見えたことは一度もない 』 と答えると
心底驚いた顔をし、私を哀れむような表情で見るのです。


私達が 『 人殺しの眼をしている 』 と呼んで恐れていた
大躁状態の母を

生き生きして素晴らしい! 素敵だ!! と褒め称える父。



なぜそう感じるのか?
本当に理解に苦しみます。
私達とは全く違う次元に生きているとしか思えません。



子供がどれだけ酷いめにあわされようと
父の心には全く届きませんでした。

決まって言う言葉は

『 お母さんはお前達を育ててくれているんだから感謝しなさい。
  大人しく言うことを聞きなさい。 』

そして 『 親を敬いなさい 』

聞かされるたびに胸が押しつぶされ、息ができなくなりました。


狂った母に虐待され、それを泣いて訴えても父は
一切否定し、さらに母に服従させようとする。

この一連の流れが私を最も傷つけ、心をめちゃめちゃに引き裂いたのです。


誰も助けてくれない。
これっぽっちも救いがない。

心は常に深い絶望の中にありました。

『 もし一人っ子だったら、さっさと自殺してたかも。 』

『 それか、
中学時代に家出して水商売に入って薬やって風俗に落ちて、
きっと20歳前に死んでるー。 』 

そんな事をよく冗談めかして口にします。


万が一、自殺していたとしても
両親はなぜそんなことになったのか一生気がつかないことでしょう。




一人でいる時に無意識に呟いてしまう言葉があります。

『 たすけて 』 

『 たすけて 』

なぜか、口をついて出るのです。

これには自分が一番驚いてしまいます。

今は十分幸せなはずなのに。どうしてだろう。


誰に何を求めているのかわかりませんが、
私の深層心理は現在も助けを必要としているのかもしれません。



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母のことはすいすい書けるのに父のことになると
躊躇してしまう・・・。  なぜだろう!?

 

父も母と同じくやや特殊な環境で育っています。

我が家は代々商家で女系家族。
祖父の代まで6代ずっと養子(ちなみに私の夫も8代目で養子)が続いているのです。

父は7代目にしてようやく成人まで育った男子として
親戚中からの熱い期待と重責を背負っていました。

実は父は次男なのです。
長男は3歳で亡くなったということで
祖父母は相当心配したらしく、かなり過保護に育てたのだと聞いています。

なんと!!
小学校の修学旅行に2人揃って付き添って行ったという異常さ。

修学旅行に両親がついてくるなんて聞いたことありませんよね・・・・(;^-^;)

6人姉弟の中で父だけが特別な存在として扱われ
その結果、
我儘で人の痛みがわからない人間になったのはしょうがないことだったのでしょう。

父のこと1⇒http://suncather.exblog.jp/12920322/

父のこと2⇒http://suncather.exblog.jp/12925137/

父のこと3⇒http://suncather.exblog.jp/12925325/

素面の時にはあんなに優しいのに
毎晩浴びるほどお酒を飲んで暴れる父。


しかし。 
虐待の本質はそこではありませんでした。



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本当にもう苦しい( iдi )

母の事は書いても書いても終わりが見えなくて。

昨日、肩子ちゃんが展示会のフライヤー作りに来てくれたのですが

『 ブログの内容が突拍子もなくて妄想だと思われそう 』 と

言われ大ショックでした。。。

これだけ赤裸々に晒してもまだ信じてもらえないのか~ ((( T_T)

やはり身内に精神疾患の患者さんがいる方でないと
理解は難しいということですね。

母は双極性障害(躁鬱病)ですが、その中でも一年に何度も
躁と鬱を繰り返す急速交代型。

鬱 → 軽い鬱 → 軽い躁 → 激しい躁 → 鬱

この状態がエンドレスで続くのです。

一般的に言う正常な精神状態というものはありません。
軽い鬱から軽い躁状態の間だけ、なんとか会話が成り立つという感じ。

今日は珍しく母と普通に話ができたと喜んだら
翌日には躁に転換していて別人のように凶暴ということも
珍しくありません。

躁が激しくなると、目がギラつき言動が逸脱し始めます。
飲み歩く、旅行に出て帰ってこない。
お金を湯水のように使う。
興奮状態が続き何日も眠らない。
攻撃的になり暴言を吐き暴力を振るう。




そしていきなりエネルギーが切れて倒れ、どっぷりと深い鬱へ。

鬱になると思考は停止し、外出はもちろん入浴もせず
1日20時間を寝て過ごします。
目の焦点は合わず、食事もぼんやりしたまま。
口からぽろぽろ食べ物をこぼし、ヨダレがたれていても気がつかない。

介護が必要な認知症のお年寄りのようになり、会話もできなくなります。




軽い鬱状態まで復活すると、テレビを観たり入浴したりできるように。
会話の内容は悲観的で暗いものばかり。

軽い躁に入ると化粧をし、近所に買い物に行けるようになります。
食事の支度をしたりあれこれと私に指図をしてきます。

この状態が最も理想に近いのですが、期間は長く続きません。
次第に目つきが悪く悪態をつくようになり激しい躁に突入していくのです。

双極性障害は高い確率で併病が認められ、2つ以上あることも多々あるのだとか。

母の場合も非常に稀な病状だと言われていて
境界性パーソナリティ障害やADHD、

興味の対象が異常に偏っていることから
アスペルガー症候群などの特徴もうかがえます。




ある程度長期にわたって異常行動が続くなら
入院という措置もとれますが、
短期間で症状がコロコロ変わるので見極めることがとても難しいのです。





躁鬱のサイクルは
50代半ばで自殺未遂をする以前とは明らかに異なっています。

昔は、軽躁も軽鬱もなく大躁と大鬱のみ。
一年の大半は激しい躁状態で鬱は年に2回、ほんの短期間でした。

『 古いタイプの抗うつ薬では、
躁転、急速交代化など、悪化する恐れがある 』ということなので
薬の副作用で症状が変化したのかもしれないと思います。


年を重ねて本人のエネルギーが少なくなれば症状も軽くなる「かも」
と聞きました。

本体が弱れば病気も弱る。

なんだか病気に寄生されているみたい。



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『 親を悪く言うなんて罰があたる 』

『 どんな親でも子供を愛しているものだ 』

などと綺麗事を並べる人達は大勢いて、これまで二重三重に傷つけられてきました。

また、鬱状態での

『 こんなお母さんでゴメンね。 死んでお詫びするからね 』 という言葉は
母親の本心なんだから許してあげなさいという人にも、
ウンザリでした。

その一言で
残り11ヶ月の極悪非道をチャラにしろとでも言うのでしょうか。

それに 死んで詫びるという言葉も子供にとっては
耐え難いストレスなのです。

そんな言葉を発すること自体が虐待と言ってもいいはずです。

親を批判する=悪

という構図が世の中には成り立っており、
何故子供がそういった発言をするのかまで
親身になって聞いてくれる大人は一人もいませんでした。

したり顔でお説教をし、軽々しく愛の存在を語る
薄っぺらい人間ばかり。

『 自分を基準にしてしか物事を考えられないおめでたい人 』
『 愛されて幸せに育ってきた、頭の中がお花畑な人 』

そう醒めた目で見ながら、心の底で憎しみの炎を燃やし続けたのです。
そんな彼らも親と同じ敵なのですから。

しかし。

最近は自分が経験したことじゃないと理解できないのは当たり前
と思うようになりました。

学校で尊敬する人は?という質問に 『 両親です 』と答える子が必ずいます。

子供の頃はどこの家庭もうちと似たり寄ったりなんだろうと
思い込んでいたので

『 へっ??? 親を尊敬って本気??? どんだけオツム弱い子ちゃんなの? 』

『 もしかして、そう言わないと酷いめにあわされるとか!? 』 と

本気で驚いていたものです。

そのように、私自身も愛に溢れる親子関係というものを
経験したことがないのでピンときません。

きっとお互い様なのだと思います。

そんなにおかしいなら病院に入れたら?
そういう意見はもっともですが

それができないから、我が家はめちゃくちゃだったのです。

そして、

その原因は父にありました。



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えずきながらブログを書いています。

全て出し切るまでこの不快さはなくならないのでしょう。
かなり辛い作業ですが、なんとかやりきりたいと思います。

いつまで昔話で悲劇のヒロインぶってるの?
最近のブログを読んで、そう感じた方もいるかもしれません。

しかし。
母はまだ60代。 元気でピンピンしており近所に住んでいて。
現在進行形で嫌がらせや暴言は続いているのです。

去年の10月、展示会の直前にもガツンとくらわされ
忙しい時期に1週間ほど再起不能になったことがありました。

母の器を売る手筈を整えていたら異常にテンションが高ぶってきて
例のイライラが始まったのです。

私が相手にしないでいると、余計むかつくらしく。
どうにかして傷つけようと画策してきます。


ある日、いきなり電話してきて一言。

『 アンタが生まれた時、あまりにも醜くてゾッとしたのよね 』 と。

勝ち誇ったようにそう告げると
へらへら笑いながらこちらの反応をみています。
私はショックのあまり電話を切るとへたりこんでしまいました。


45年間罵り倒してきたくせに、まだこんな台詞を思いつくなんて。

母は私が容姿に自信がないことを十分知っていて
わざとそんな言葉をぶつけてきたのです。

それはもちろん子供の頃から繰り返し 
『 私の子供なのになんでパッとしないのよ!? 』
と蔑まれていたからです。


私が唯一信頼していた祖母の名前を出して
『 おばあちゃんもアンタが不細工だったから将来を心配していたわよ 』 と。

私を傷つけるのと同時に、
祖母への不信感を植えつけるという巧みな話術


本当に。

母の機転には恐れ入るというか。
最近は尊敬の念すら覚えるようになりました。

手段を選ばず人を痛めつけようとすること。
何事にも良心の呵責を感じないこと。

ある意味凄い人です。
・・・いや、実は人ではないのかも。


私が 『 母 』 と聞いて思い浮かぶイメージは
「 鬼 」「 キチ〇イ 」「 化け物 」
そして 「 可哀相な人 」




躁と鬱しかないので
正常な状態の母には生まれて一度も会ったことがありません。

昔は年に11ヶ月は躁状態で、
常にイライラし目をギラつかせていました。
目につくもの全てを罵って当り散らす。
テレビを見ても画面に映る俳優や商品をけなす。

タクシーに乗っていると
通りすがりの人や風景、建物にいたるまで何もかもボロクソに言う。

意識が私に向こうものなら
私の容姿、服装、性格、友人、彼氏、全てを否定する。

私のことを若く見えますね♪と、店員さんがお世辞を言っただけで

『 若く見えるというのは馬鹿に見えるというのと同義語だ。』
『 そんなことを言われるなんて恥ずかしいと思え。 』
『 この能無しがっ!!! 』

と口汚く罵られました。

しかし。
半年に一度、2週間ほど鬱になり

『 こんなお母さんでゴメンね。 死んでお詫びするから許してね。 』
そう言ってサメザメと泣くのです。


そんな姿を見るたびに単純な私は
『 お母さん可哀相(ρ_;) 』 となってしまい
ついつい母に優しくしてしまうのでした。


最近は一年のうちの大半が鬱状態のため
扱いが本当に楽になりました。

鬱の時はぼーっとしているので悪態をつかないのです。

逆に、母が人の悪口を言い出したら躁になる合図。
動向に気をつけなければなりません。



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母は一時期異常なほどお金に執着していました。

そして、ある計画を立てたのです。
それは父を重度のアルコール依存症で禁治産者にしたてあげ
精神病院に放り込むことで財産を全て自分のものにするというもの。

母は私に 
『 協力しろ。 成功したら3千万円やるから 』 と買収してきました。

そして有名な弁護士のもとへ一緒に出かけることになりました。

そこでも母は哀れで可哀相な妻の役を完璧にこなしたのです。
夫が酒びたりで暴力を振るうこと。(これは本当だけど)
完全に判断能力を失っていること。
自分は精一杯家庭を守ってきたが、限界であること。

子供達が不幸になるのを見ていられないこと。

などと大嘘を並び立てると、弁護士さんは思わずもらい泣きしながら

『 奥さん!! 今までよく頑張ってこられましたね。 』
『 私がお力になります 』 と言ってくれました。

母は涙を流しながら、これはお礼の気持ちですと
30分5千円程の相談料に対し3万円を無理やり握らせたのです。

何度も頭を下げながら事務所をあとにし、
エレベーターに乗った瞬間

『 わかったか。 人はこうやって使うとぞ。 覚えとけ。 』 と

得意げにニヤリと笑ったのです。

あの時の母の顔のおぞましさを
私は一生忘れることができないでしょう。

そして、
『 こんなものと私は血が繋がっているのか 』 と
自分の存在に深い嫌悪感を抱かずにはいられませんでした。

母と別れたその足で再び弁護士事務所に向かうと
あれは全て嘘なのだと訴え、行動を阻止することができました。


ある時、赤ん坊を連れて実家に行ったことがありました。
泣き出した孫に向かってイライラする母。

突然、目を剥き鬼のような形相で

『 うるさいっ!! うるさいっ!! うるさいっ!!

黙れ!!!  黙れ!!! 黙れ!!! 』 と叫び始めたのです。

それはそれはシュールな光景でした。

私は、母のそんな姿を見ながら 
『 あぁ、私もこんなめにあっていたんだな 』 
『 一歩間違ったら殺されてたんだろうなぁ。 』
『 こんな時代から生死の境を彷徨っていたのか。 』 と感慨深い気持ちになりました。

       ・・・・・・つづく



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母は短大を卒業すると同時に結婚しています。

父が、 
『 何もしなくていい。 身体ひとつで来てくれたらいいから 』
そう言って猛烈に口説いたのだそうです。

しかし現実には舅姑・小姑二人との同居生活。
嫁としての家事も当然こなさねばなりません。

母は激怒し、 『 話が違う。 離婚する 』 と騒いだそうですが
時すでに遅くお腹には私が宿っていたのでした。

私は物心ついた頃には祖父母に育てられていました。
母が赤ん坊の私を殴っていたのをみかねて
引き取ったのだと親戚から聞きました。

母は私を産んで半年ほど精神病院に入院していたのだそうですが、
すぐに双子を出産。

次女は叔母に預けられ、三女だけが母の元へ。

小学校に上がる頃には家族一緒に生活していましたが
母はまだ20代と若く、子供心に頼りない存在でした。

家事が苦手で遊ぶことが大好き。
平日には家政婦さんが来てくれ家事をやってくれます。

倍以上年が離れた彼女達にむかって

『 女中ふぜいが 』 『 使用人の分際で生意気なっ 』
などと言うのを聞くことが本当に苦痛でした。

最初の頃に来てくれた家政婦さんは
とても優しく料理も上手なおばあちゃんで
私も妹達もいっぺんで好きになってしまいました。

週末にもその人に会いたくて、わざわざ家まで遊びに行ったことも。

しかし、子供達が懐いたのがムカつくという理由で
 『 手癖が悪い 』 と濡れ衣を着せてやめさせられてしまいました。

母が家政婦紹介所に電話して
その人のことをあることないこと悪く言うのを聞いていて
悲しいのと申し訳ないという思いで
胸が張り裂けそうになったのを今でもはっきり覚えています。

その後、些細な理由で首を切り続け、
何十人もの人達が我が家にやってくることになりました。

母は人の痛みを理解したり想像するという能力が一切ありません。
それは当然身内に対しても同じこと。

母方の祖父は戦時中、
長崎県庁に勤めており
『 原爆投下の翌日に線路伝いに佐賀まで歩き長崎市民の食料を調達しに行った 』 
という話をよくしてくれていました。

詳しく聞くことはありませんでしたが
死に掛けた人達が水を求めて必死ですがってきたことを
苦しげに打ち明けてくれました。

祖父はよくうなされて 『 うおー 』と叫んで
腕を振りまわすことがあり
隣に寝ていると殴られる危険性がありました。

そんな祖父を鼻でせせら笑い、 

『 ボケて暴れるからそばに近寄るな 』 などと言っていたのです。

しかし。
子供心に 
『 戦争の時の心の傷でうなされてるのに、なんでそれが理解できないの? 』
不思議でたまりませんでした。

そうして、母の思慮の浅さや思いやりのなさを軽蔑するようになったのです。

祖母の法事をあるお寺で行った時のこと。

そのお寺は数ヶ月前に放火にあい
ワイドショーを大きく賑わせていました。

母は親戚の前でいきなり
『 ほら、このお寺は放火で有名なのよ!! 
テレビで観たでしょ!燃えたのはあそこよ!あそこ!! 』 

と、得意げに声をはりあげて説明し始めたのです。

あろうことか、住職さんの目の前で(;_;)

こういった言動は病気のせいなのでしょうか?

そして病気だったら許されることなのでしょうか?

何もかもこんな調子でした。

恥ずかしい。
恥ずかしくて穴があったら親を生き埋めにしてやりたい。

        ・・・・・・つづく



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私が子供の頃から繰り返し言われたのが

『 アンタなんか誰からも愛されないんだからね 』
『 アンタの言うことなんか誰も信用しないよ 』 という台詞。

それを伝えるだけでなく
ご丁寧に実際に思い知らせようともしたのです。

小学生の頃、友人達が遊びに来ると
満面の笑顔で出迎え、お菓子や食事を振る舞いました。
ニコニコと話を聞いてくれる若くて綺麗なお母さんという完璧な演技。

それが何度も続くうち
みんなはあっという間に騙されて
『 ラムリムちゃんのお母さん大好き! 羨ましい!! 』 と大騒ぎです。

でもね。

みんなが帰ったあとにめちゃくちゃ悪口言ってるよ・・・

『 あんな不細工連れてくんな! 』
『 なにあの汚い食べ方? 育ちがしれるわっ! 』
『 アンタの友達は馬鹿ばっかり。 』
『 手癖が悪いからお金盗まれたわよ。どうしてくれる!! 』 

そうして必ずこう付け加えるのです

『 あの子達はアンタの友達なんかじゃない。 
私の事が好きで、私に会いに来てるんだからね。』

事実、学校でも母は大人気で皆が我が家に遊びに来たがりました。

私の誕生日にはクラスの女子全員を呼んで庭でBBQ。
もちろん主役は私ではなく母です。

そうやって、
力関係を見せつけ、私に思い知らせることで
苦痛を与え、喜びとしていたのでした。

小・中学校で年に二回行われる遠足。
両親はなぜか毎回同行してきて。
車で現地に先回りして、一番眺めの良い場所で待っているのです。

そして、先生方にお弁当を振る舞います。
そうやって学校の中でも存在感をアピール。

恥ずかしいし、嫌で嫌でたまりませんでした。

母の怒りのポイントは全く理解不能でした。

靴箱に靴をしまうと殴られる。

笑っていると 『 馬鹿にしやがって 』 と首を絞められる。

テレビを観ているだけで激しくキレる。

予測不可能な状態で怒り狂うので
常に神経を尖らせて顔色を見ながら暮さねばなりませんでした。

小学一年生の時、学校帰りに変質者に遭遇しました。
歩道にぴったりと寄せた車の中からおじさんが笑顔で手招きします。

不審に思いながらチラッと見ると、なんと下半身丸出し。

私は車のナンバーを暗記すると大急ぎで家に走り
警察に電話するよう頼みました。

しかし、母は私に
 『 ばーか 』と言っただけで、何もしてくれなかったのです。

その時のなんともいえない感情は40年経った今でも心に渦巻いています。

母は私を落とし入れる為の嘘を喜んでつく人で
自宅に電話をかけてきた友人達は絶好のカモでした。

えらく長電話をしているなと思って聞き耳を立てると
相手は私の同級生。
そして、2時間も3時間も私の悪口を吹き込んでいたのでした。

『 あの子は頭がおかしくて親の言うことを全く聞かない 』
『 あの子はタチが悪いので付き合わないほうがいい 』
『 もう電話はしてこないで欲しい。 
代わりに手紙を書いてあの子を諭してやってくれ 』

こういう嫌がらせは社会人になっても続き、
大学のゼミの教授に対しても同じことをやっていました。

それが原因で離れていった子は何人もいます。
しかし、
私がどんなに釈明しても殆どの人は私ではなく母を信じるのです。

外堀を上手に埋められ、嘘の情報で塗り固められ非難を浴びる。
誰も真実に目を向けてくれません。

それはまるで冤罪で牢屋に入れられているような気分でした。

平気で騙すクズ、簡単に騙される馬鹿。

『 誰も信じられない。』
私は自分を含め、人間というものに憎しみを感じるようになりました。

        ・・・・つづく


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30年ぶりに自家中毒が復活。
子供の頃を思い出すと吐き気がとまらなくなってしまう。

これは、
『 全て吐き出してしまえ 』というメッセージなのだとわかっています。

でも、それは気力も体力も思いきりも必要で。

私の苦しみの根源は全て両親によるものです。

これまでに与えられた苦痛はあまりにも大きく
そのせいで深く考えることすらできませんでした。

思い出そうとすると吐き気や眩暈に襲われて
心が自然に閉ざされてしまうからです。

あれほどの虐待を受けて現在もそれが続いているという現実。

私はなぜそこまで母に憎まれなければならないのか
全く理解ができず
それが人生の中で大きな悩みでありました。

しかし。
つい最近になってその理由がわかったのです。

それはあまりにもくだらなく単純で呆れ果てるようなことでした。

父も母も人間としてとても未熟で
人の痛みを一切理解することができません。

それは彼らの生まれ持った資質と生い立ちに関係があります。


まず母ですが、以前ブログで書いたように

☆⇒http://suncather.exblog.jp/12614853/

☆⇒http://suncather.exblog.jp/12615072/

☆⇒http://suncather.exblog.jp/12694727/

選民意識が強く
自分以外の人間を強烈に見下していること。
どんな大舞台であろうと、自分が中心にならないと気がすまないこと。
そしてその為には手段を選ばないこと。

母に関するエピソードは本が書けるほどあるのです。

たとえば、

西日本一の歓楽街と言われる中洲で
飲み屋を次々とハシゴして、それぞれの店の客を引き連れ飲み歩き
最後に7軒目の店で倒れて救急車で運ばれる。

渾名は 『 女 勝新(勝新太郎)』

30代の一介の主婦が
銀幕スターのような大盤振る舞いを平気でやってしまう。

常につば広のゴージャスな帽子を被り
ど派手な服装で闊歩することから別名 『 一人宝塚 』

私が初めてゲイバーに遊びに行った時、
ニューハーフのお姉さん達がかつらを裏返しにして頭に乗せ
ステージ上をしゃなりしゃなりと歩きながら
『 〇〇 〇子の真似~ 』 と言いながら大笑いしていました。

その〇〇 〇子とは母の名前でした  llllll(- _ -;)llllll

また、

海外からのお客様を100名ほど迎えて開催されたレセプションでは
50名の外国人の夫人に自腹で着物を着せ喜ばせました。

華やかな振袖を着て大喜びの奥様方。
普通の日本人妻なら奥ゆかしい訪問着で控えめに佇むところですが
母は違います。

わざわざその日の為だけに日本髪のかつらを作らせ、
黄金色の着物で登場したのです。
『 柄の中にいると無地が一番目立つのよ 』 と。

何もかも計算づくなのです。
外国人からは羨望の眼差しを浴び、日本人からは毛嫌いされる。


英語もドイツ語も喋れないのに
『 ウィーンにオペラを観に行ってくる 』と
ツアーにも参加せずガイドもつけず
さらっと一人で出かけてしまう。

そして、大満喫して帰ってくるのです。

たった一人で老舗料亭に赴き、気晴らしで芸者遊びをする女。

とにかく
やることが普通ではなく、
あまりにも態度が大きいので
周りが勝手に
『 もしかしたらやんごとない立場のお方かも 』 と勘違いして
丁重な扱いを受けているようです。

若い頃はスタイルも良く綺麗でしたが、
50代の半ばから薬の副作用で20キロほど激太り。

細木数子と野村幸代と大屋政子を足しっぱなしにしたような
風貌と態度で、ますます異様な威圧感を醸し出すようになりました。

ここまで書くと 
『 なんて豪快で面白いお母様! 』と勘違いされる方もいるでしょう。
実際にそう思い込んでいる人も世間には大勢います。

しかし、
そんな知恵の働く母が
全力で子供を苛める姿を想像してみて欲しいのです。

それも、手段を選ばず残酷に。

                ・・・・・・つづく



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家庭菜園ですくすく育ってるミニトマト。

毎日結構な収穫量があり、食べるのが追いつきません( ・∇・)

これで4日分↓ ↓

1

そういうわけで
以前から興味のあったドライトマト作りに挑戦してみました♪

2

計算したようにピッタリ!!

3

クックパットで調べたら
140度のオーブンに15分。
水分を拭き取りさらに15分。 これを繰り返すとあります。

レシピどおりにやってみたけど、生生しいままなので
さらに30分。

4

それでも不十分だったので
そこから100度で40分加熱したのがこちら。

5

う、う~~ん???

どこまでやれば正解なのかわからない(⌒▽⌒;)

6

レシピも結構バラバラで、1時間でできるという人もいれば
オーブンを使用しても半日かかるという人もいて。

簡単かと思っていましたが、結構奥が深いのかも。

夏の間にまた試してみようっと(‘ー ‘ *)



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夫からの誕生日プレゼントは、独鈷杵(とっこしょ、どっこしょ)でしたヽ(^。^)丿

なんと携帯サイズ!!!

いやーん。
めちゃめちゃ嬉しいな~☆ミ

1

ちなみに2年前に貰ったのは、ずっと欲しかった五鈷杵(ごこしょ)。
しかもかなり大きめの実戦タイプ(゜▼゜*)ウヒャー

☆⇒http://suncatcher-lamrim.com/?p=4635

 

これはいつも枕元に置いてあります。

気持ちが安らぐので、握ったまま寝ることも。
ちょっと変(笑)?

2

これらは何かと言いますと、密教法具なのです。

五鈷杵というのは、空海像が右手に握っているもの。

サンスクリット語で「ヴァジュラ」、
チベット密教では「ドルジェ」と呼ばれる(両方とも雷の意味)もので
煩悩を断ち魔を祓うと言われています。

今度はチベットの金剛鈴が欲しいなぁ~(^Д^~)

3

稲垣夫妻がわざわざ玄関にくくりつけていってくれたのは
大きな無花果。

本当に大好きなの♪♪♪

美味しくいただきました! 有難う♪ (*’▽’)

4

今日は暑い中両親を連れてお墓参りに行って来ました。

お盆とお彼岸でしか一緒に出かけることはないので
彼らの衰えをヒシヒシと感じます。

あぁ、本当に年取ったねぇ。



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